「今日は1年記念日だね!」

 待ち合わせの喫茶店に付いた途端、彼女は、そう口にした。

「え、どういう事?」

 いったい何の話をしてるんだ、彼女は……。

 オレは驚きを隠せない。


「やったー! これも私の行いの良さね」

 変わらない……。

 オレの言葉なんて、相変わらず、まったく届かない。

 彼女は、とてもはしゃいだ様子でそう口にした後、

 どこかうっとりした笑顔とともに、オレを見つめる。

「なんだかんだ言って、アナタは来てくれたのだから」

「ち、違う……」

 かろうじて声、と呼べる程度の音を、オレの喉が発する。


(それはキミが何度断っても、ここ数日間ずっと

 連絡して来たから……)


 オレは、そんな言葉を飲み込んだ。

 彼女に言いたい事は沢山あるが、下手に刺激してはマズイ。

 言葉選びは慎重にしないと、大変なことになる。


 今、目の前で微笑んでいる彼女の姿に、最後に届いた

 LINEの内容が、オーバーラップする。


『今日ここに来てくれないと、

 ワタシ、どうなるか分からない……』


 オレは、激しく後悔していた。

 彼女への罪悪感から、LINEを消していなかったこと。

 そして、久しぶりの連絡に、思わず反応してしまったことを。



「ところでキミの指のサイズって、20号だったよね?」

 彼女がそう口にしたのは、付き合い始めて、わずか1週間。

 2度目のデートの時だった。

 ファミレスでメニューを注文した後、少し緊張気味だったオレは

 グラスの水を飲もうとしたのだが……

「ーーえ?」

 思わず、手が止まる。


喫茶店内に流れるBGMさえも、一瞬止まったように感じた。

指のサイズを彼女に伝えた覚えはない……。

というか、そもそも自分の指のサイズなんて知らない。


「付き合うことになって、最初に握手したでしょ?

 その時に計ったの」


疑問を口にしたオレに、笑顔でそう答える彼女。

茫然とするオレの手を取り、薬指に指輪をはめていく。

「ペアリングなんだよ~、コレ」

そう言って、彼女はオレに向かって自分の手の甲をかざす。

その、どこかうっとりしたような笑顔の前に……


オレは、自分の薬指にはまっているペアリングの重さと、

それがジャストサイズだった事に、かすかな恐怖を覚えた。



「これ君の好きな色をしたサファイアなんだ」

またある日の事。

それは、待ち合わせ場所で出会った瞬間ーー

彼女はいつものように、どこかうっとりしたような笑顔で、

それを取り出した。

「コレ、私と付き合ってくれてるお礼、ホンの気持ちだから!」

「いやいや、困るよ、こんな事されたらオレ」

ちなみにこの日は、何かの記念日でも無ければ……

オレの誕生日が9月というわけでもない。

青色が好きだというだけで、その色の宝石を買うって……

「大丈夫、大丈夫。コレ、お小遣いで買ったものだから」

決してオレは、宝石に詳しいわけじゃない。

だが、そんなオレでも、このサファイアのネックレスが

ちょっとしたお小遣いで買えるようなシロモノではない事

くらいは理解できる。


(コレ……質屋に持ってったら幾らになるんだろう?)

もちろん、そんな事はしないが、思わず頭をよぎる想い。

確かな重量を感じさせる、手の中のネックレス……。

やはり、嬉しさよりも、恐怖の感情の方が強かった。



「こんなものもういらねぇ!」

気が付いたら、手にしたそれを海に向かって投げ捨てていた。

『あの日』も、彼女はまたしても、どこかうっとりしたような

おなじみの笑顔で、オレにプレゼントを贈ってきた。

中身は凝った装飾が施された〝腕輪〟か何かのようだったが、

詳しくは見ていない。


彼女の想いは、日に日に重くなっていった……。

今渡された、決して安価でない腕輪も、ネックレスも、指輪も、

とにかく『重かった』。


「悪いけど、もううんざりなんだよ!」

オレを束縛する、この彼女から提供される全ての重さから、

一刻も早く解放されたかった。


「これも!」

オレは、首にかけていた、青い宝石のネックレスを掴み、

引きちぎるように投げ捨てる。


「これもっ!」

「やめてぇぇ~っ!!」

薬指にはめられたソレを、抜こうとするオレに、思わず

手を伸ばす彼女。

「お願い……やめて……」

そのあまりに必死な形相に、一瞬ためらうが……

「うわぁぁーっ!!」

絶叫とともに彼女を振り払い、指輪を投げ捨てた。

背後に、彼女の泣き声と海鳴りを聞きながら、振り返ることなく

オレは立ち去った。


そうーー彼女とは『あの日』以来、会っていなかった……。


「オ、オレたち、もう随分前に、別れたハズ、だよね……」

渇いた喉をコップの水で潤し、無理やり声を絞り出す。

「ヤだぁ~、何言ってるのよ?」

彼女はオレに向かって、軽く首をかしげながら口を開く。

あの、どこかうっとりした笑顔とともに……。

「ーー!?」

その時、全身に悪寒が走った。

突然、ある事に気が付いてしまったからだ。


彼女の、このどこかうっとりしたような笑顔が、

〝オレに向けられたものではない〟という事に……。


「ねぇ……コレ見て……」

そう言いながら、彼女はとても大事そうに、両手の中に

包んでいるものを、オレに向かって差し出す。


手の蕾が開き、唐突に〝あの日〟が、蘇る。


海の香り……そして、潮騒……


そこにあったのはーー

すっかり汚れて……錆びて……

海水で腐食して、ボロボロになった……

腕輪、ネックレス……そして指輪……らしきもの。

〝あの日〟オレが海に投げ捨てたハズの、彼女からの

『重いプレゼント』の数々……。


「全部見つけるの、ホントに大変だったんだからね」

あのどこかうっとりした笑顔を浮かべながら、とても

満足そうな彼女。


そうーー

その笑顔は、決してオレに向けられたものではない。


オレのことを愛していると強く思い込み、

オレに尽くす行為そのものに酔いしれる、

他ならぬ、彼女自身に対して向けられた笑顔。

自己陶酔。

それが、彼女の顔に張り付いていた。


「だって……あの日から……

 今日は、1年記念日なんだよ……」


(了)



  ・タイトル『記念日』

  ・ジャンル『サスペンス・ホラー?』

  ・製作時間『(後述の余計な思考も含めて)2時間弱』


  ・気をつけた点

   今回は、キーアイテムをもとにして、キーワードを消化し、

   第4作のセリフを全て使う、という制約を付けました。

   アホなオレは、『さらに制約をつけたれ~!』と考え、

   通常の小説とは少し違うアプローチを行なってみました。

   それは、彼女の笑顔の描写以外は、キャラクターに関する

   外見描写を一切やらない! というものでした。

   書き進める最中『やめときゃ良かった……』と、少しだけ

   心が挫けそうになった次第です(自業自得)。