彼女は美しい-……





そう思うのは何度目だろう。
真上から降り注ぐ太陽の光を反射させながら、目の前で水しぶきを上げ
海中から顔を覗かせる彼女の姿はさながら海上の天使と言えばいいのかな。




「健司ー!そんな岩場にいないで、一緒に泳ごうよー!」



仰向けで浮かぶ彼女が僕に話しかけてくる。
気持ちよさそうに浮かびながら、ぱちゃぱちゃと尾びれで水面を叩いて。



「海、何度も言ってるけど僕は金槌だからね、泳げないの」

「泳げないなら私が抱えてあげよっか?」



コテンと首を傾げながら言ってくる彼女、海は上半身は僕と同じ人間だけど、下半身は違う。
海中で生活しやすいようにと、僕らとは違う進化をした魚たちと同じ様にヒレとなっている。
いわゆる人魚という種族だ。



「抱えてあげよっか?じゃないよ、前それで深海に行こうとして大変な目に合ったの忘れたとは言わせないよ」

「ごめんごめん、私の家に招待したくって」



てへへ…とはにかむ彼女の顔を見ていると、苦味な言葉も喉の奥へと引っ込んでいく。
そんな彼女の隣へ行くべく、岩場をおりて浅瀬に行くと、
彼女は泳ぐ気になったの?と言いながら僕のところに来てくれた。
違うよ、と彼女の質問を流しながら隣に腰を下ろす。



「海、今日何の日か分かる?」

「……ん?何か特別な日だっけ……?んーと……」



今日は綺麗な貝殻拾って……隣の家のサッピルスちゃんに分けてあげて……、それからそれから……と
あごに手を当てながらうーん、うーんと海は悩み始める。
こりゃ答えは出てこないなと悟った僕は、未だに見当外れなことを言い続ける彼女に告げる。



「僕たちが出会ってからの、今日は1年記念日だね

「……えー!もうそんなに経つの?時間が過ぎるのは早いねぇ」

「海はずっと海中で過ごしてるからね。季節の把握はしずらいと思うよ」

「そうだねぇ、人は森とかいう植物の色で判断できるんでしょー?海中はそういうの無いからなぁ」



たははーっと笑う彼女の横顔を見て、僕は覚悟を固める。
今日この日の為に頑張って働いたお金で買った指輪を渡すんだ。
自分の気持ちも添えて。
大丈夫、作戦もある、道中で異種族との恋愛成就のお守りも買ってきたし、ちゃんと練習もしてきた。
こういうのは冗談ぽく始めて、途中から真剣に想いを伝えるのが吉って、おじいちゃんが言ってた。
準備は万全だ。



「ぁしょ……そういえば海」



噛んだ。




「ん?どうしたの健司、そんなカチカチになっちゃって」



落ち着け……大丈夫、全然不自然じゃない。



「と、ところで君の指のサイズって20号だよね?

「?私の指のサイズって20号なんだー、健司は物知りだねぇ」

「違うよ!?どう見てもそんなに太くないでしょ!海の指は細くてしなやかでとてもきれいな指だよ!」

「んん?」

「だよね!混乱するよね!何言ってるんだろうね僕!」



失敗だ。
そういえばそうだ。
人間と人魚の常識が一緒だなんて誰も言ってないもの。

何が持ってるだけで全てうまく良くだ。
なんの役にも立たないじゃないかこのお守り。
結構な値段したのに……今からこれ質屋に持っていったらいくらになるだろうか。



「健司ー、なんか胸ポケットから出てるよ?えーと……お、ま、も、り?」

「うおおおおいっ!」



やったー!読めたー!とはしゃぐ海はとても嬉しそうだ。
文字の読み方を根気よく教え続けた僕も、その成長ぶりは嬉しく思う。
だけど今はその感慨に浸る暇はない。
笑顔の海をしり目に僕はそれを握りつぶす勢いでつかんだ。
海の事だ。これに興味を持ってあれこれ聞いてくるだろう。
君にする告白が成功するようにって神様に願掛けしたんだ……って言えるわけがない。
くっ……役に立たないどころか足まで引っ張るとはこのお守り……!
こんなものもういらねぇ!



「あ……」



お守りを水平線めがけて思いっきり投げようとしたところで
海がなにかを見つめて固まっている事に気付いた。
いったい何を……?



「あ」



浅瀬の砂の上で、水の中でありながらも太陽の光を青く染め、様々な場所へ反射させて輝くそれは
この日の為に準備した僕の海への想い。
リングに着いた、小さな、けれどもとても綺麗なサファイアが、海と僕の視線を浴びて一層輝いていた。



「これって……」



海がそれを拾う。
……ああ、やっぱりそうだ。



「……これ、君の好きな色をしたサファイアなんだ



作戦だとか、お守りの事だとか。
もうどうでもよくて。
素直な気持ちが不思議なほどにスラスラと僕の口からこぼれていく。



「店で一目見たときに、ああこれは絶対海に似合うなって思って。
 出会えた記念日に指輪なんて、傍から見たら変だけど……、
 君に贈りたかったんだ。

 海、僕は君のことが」

「やったー!これも私の行いの良さね!」



……あれ?



「見てみて健司!これサファイアだよね!?すごーくキレー!」



あれ?



「わぁー!しかも指にピッタリのサイズだぁ!でへへ」

「あ、あの海……、それは……」

「良いことをしたら、良いことが返ってくるのって本当なんだね!
 たまたま健司の隣に指輪が落ちてるなんて、神様からのプレセントかな?
 こんな綺麗な指輪を着けれるなんて、思ってもみなかったなぁ」




ま……ま……まずーい!!

完っ璧に落とし物を拾って偶然手に入れたみたいになってる……!

どう釈明したものか……。
喜んでくれてることは凄く嬉しい!
だけど、逆にそれ僕が買ってきたんだーとは言いづらい……!
海の偶然拾えたという喜びを僕の手柄にしたみたいにも見える……。
海は絶対そう思わないだろうけど。
もうこのまま、そういうことにしておこうか……海も凄く喜んでくれてるし。



「はい、これ」



僕があーだこーだと悩んでると海が手を差し出してきた。
いや、正確に言えば、掌に乗せた指輪をだ。



「え?」

「陸の上にはさ、落とし物を届けるところがあるんでしょ?」

「確かにそうだけど……」

「深海には、こういう指輪とか無いから本当は持って帰りたいんだけど……
 やめとこーって思って」

「な、なんで?あんなに喜んでたのに」

「落とし物ってことは、持ってた人が探してるかもしれないってことだもんね。
 その人の事考えたら持って帰れないや」



だから健司には申し訳ないんだけどそこに届けてもらえるかなぁ?と
頬をポリポリ掻きながら笑う海をみて改めて僕は思った。




「あ、あのさ海!実はそれ……!」





ああ、やっぱり彼女は美しい。

end.